富山地方裁判所 昭和29年(ワ)142号 判決 1958年10月23日
原告 同和建設産業株式会社
被告 須田藤次郎
参加人 国
訴訟代理人 宇佐美初男 外三名
主文
原告の訴はこれを却下する。
参加人の請求は、これを棄却する。
訴訟費用中、原告と被告との間に生じた分は原告、参加人と原告及び被告との間に生じた分は参加人の各負担とする。
事実
原告訴訟代理人は
一、被告は原告に対し金三百万円及びこれに対する昭和二九年六月六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として
(1) 被告は昭和二九年五月一日原告宛に、金額三百万円、支払期日同年六月五日、支払場所富士銀行富山支店、振出地及び支払地とも富山市という約束手形一通を振出し交付した。
(2) 原告は、右支払期日に支払場所に臨み右手形を呈示して支払を求めたが、その支払を拒絶されたので、右手形金三百万円及びこれに対する同年六月六日より以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。
と述べ
二、被告の抗弁に対し
(1) 本件約束手形が、昭和二八年一二月一〇日原被告間に成立した須田ビル建設工事請負契約に基く工事請負代金の一部の支払のために振出されたものであること及び昭和二九年六月四日附内容証明郵便が被告より原告宛に送達されたことは認める。須田ビル建設工事請負契約に基くビルデイングの建坪総数は、被告主張のように六五六坪〇五六でなく、後記の通り六〇四坪八二八である。
(2) そもそも、右須田ビルの請負契約は、昭和二八年五月末頃原被告間に於て建坪一、〇〇〇坪、坪当り単価金八万円(但し、設備費を除き、建築材料鉄骨八〇トンを被告が提供することの条件)という概算契約によつて工事が着手された。その後被告が富士銀行富山支店及び北陸銀行より受ける融資の総額が金六千四百万円ということになつた結果、右概算契約による建築は不能になり建坪を六五六坪〇五六として本契約をすることになり同年一二月一〇その契約締結に当り、原告はかねて被告から銀行融資金の他金二千万円位は都合できると聞いていたので、右銀行融資金額とにらみ合せて請負金額金七千二百二十五万三千七十一円の請負金額内訳計算書(甲第二号証)を被告に提出したところ、被告に於ては資金の関係上右計算書による仕上げより仕上げを落し、前記融資金額六千四百万前後に出来上るよう要望した。そこで、結局仕上げを落し既存富山郵政局程度の外観に仕上げることに定めて契約が成立した。よつて原告は前記計算書を撤回して更めて右富山郵政局程度の外観仕上げによる計算書及び図面を追つて被告に提出することして、請負金額六千五百六十万五千六百円の須田ビル建設工事請負契約が成立し契約書(甲第三号証)が原被告間に授受された。
(3) 右契約に基き直ちに原告に於て工事を進めたところ、間もなく須田ビル建設用地の裏側に接着する日の丸旅館のため、同旅館から須田ビル前面道路に通ずる通路をつくる関係上同通路に相当する五一坪二二八を契約建坪から減ずることになつた。その後被告から広田豊次(須田ビル建築につき被告から一切の委任を受け、被告の代理人として毎日現場に於て建築施行を監視し、建築に関し原告に対しすべての交渉をする監理技師)を通じて、建坪が減じた関係上請負金額に相当する程度に仕上げを上げるよう要求があつたので、原告はその要求に応じ同年一二月二〇日頃当初の建坪六五六坪〇五六から五一坪二二八を減じた六〇四坪八二八につき外観をタイル張床及び巾木を人造石の研出しにする等仕上げを上げた内訳計算書(甲第四号証)及び図面(甲第八号証)を前記請負契約書(甲第三号証)に基いて被告に提出し、爾後右計算書及び図面によつて建築を施行し完成した。
(4) 昭和二九年五月一日原被告間に於て、建物引渡につき当時現在請負代金残金千百万円を同日金六百万円、同月四日金二百万円の現金、同年六月五日支払期日の被告振出の約束手形によつて支払い建物の引渡は被告が工事代金を完済したとき(即ち約束手形がおちたとき)とすることに約定が成立し、約定書(甲第五号証)が授受され、原告は被告から右五月一日現金六百万円及び本件約束手形を同月四日現金二百万円をそれぞれ受領した。従つて、本件約束手形は昭和二八年一二月一〇日附請負契約に基く建坪六〇四坪二二八の須田ビル建築請負代金の一部である。本件約束手形の支払期日の二日前である六月三日、被告から原告に対し、右手形をおとす金を既に準備しているからとに角先に建物を引渡されたいとの強い要求があつたので、原告は本件手形がその支払期日におちるものと信じて建物の完成図面を添付した須田ビル建築物引渡証(甲第六、第七号証)を被告に手交して建物を被告に引渡した。その翌日被告から本件手形金不払の内容証明郵便に接したのである。
(5) 右の通り、昭和二九年一二月一〇日原被告間に成立した建坪六五六坪〇五六の須田ビル建設工事請負契約は、同月二十日頃原被告間に於て、建坪を五一坪二二八減じた六〇四坪八二八とするが、請負代金額を変更せず、仕上げを富山郵政局程度に上げることに変更し、原告は右変更された内容に従い工事を完成したのであるからその請負義務を完全に履行しているのであり、本件約束手形は原告が完全に義務を履行した請負代金の一部支払のためのものであるから、被告の抗弁は理由なきものである。
と述べ
三、参加人の請求に対し、参加人の請求を棄却するとの判決を求め答弁として、参加人主張の事実はすべて認めるが、原告は本件約束手形につき取立権を失つていないから参加人の請求は失当であると述べ、
四、証拠<省略>
被告訴訟代理人は、
一、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁及び抗弁として、
(1) 原告主張事実の内、被告が原告主張の日時原告宛にその主張のような約束手形一通を振出し交付し、右手形の支払期日にその手形金の支払を拒絶したことは認める。
(2) しかし、右約束手形は、原被告間に昭和二八年一二月一〇日成立した「原告が被告の注文により、富山市新富町八〇八番地上に建坪の総数六五六坪〇五六のビルデイングを一坪当り単価金十万円請負代金の総額金六千五百六十万五千六百円で建築する」という内容の須田ビル建設工事請負契約に基く請負代金の一部支払のため振出されたものである。しかうして、右請負契約締結の際、原告より設計図及び仕様書は追つて被告に提出するということに約定されていたのに、原告よりその後右設計図、仕様書の提出ないまま工事竣工に至つたものである。工事着手後当時資金に窮していた原告は、工事竣工と同時に被告に対し工事請負代金の完済を矢の如く督促し一方被告に於ては、当時富山大産業博覧会の開催があつて一日も早く竣工ビルデイングの引渡を受けたく熱望していたので、原告の請求通り本件金三百万円の手形を含めて前記工事請負代金の総額を支払い、昭和二九年六月三日竣工ビルデイングの引渡を受けたのであるしかるに、引渡を受けた際原告より交付された図面には建築建坪総数六〇四坪八二八とあつたので、不審に思い被告は更に調査したところ、引渡を受けたビルデイングの建坪総数は、前記契約の建坪より五一坪二二八不足した六〇四坪八二八しかないことを発見した。被告に於ては、引渡を受けるビルデイングは前記契約の通り六五六坪〇五六の建坪総数あるものと考え、前記の通りその工事請負代金の完済(一部本件手形)をした結果、右不足坪数の請負代金五百十二万二千八百円(約定の一坪当り単価金十万円による)は被告の錯誤に基き原告に対し過払(本件手形については交付)していることを知つた。そこで被告は、同年六月四日内容証明郵便をもつて原告に対し、本件手形金の支払拒絶意思表示をなし、且つ金二百十二万二千八百円の返還を求めたのである。以上の理由により、被告は原告に対し本件手形金を支払う義務がないものである。
と述べ
二、被告の抗弁に対する原告の答弁に対し、
(1) 須田ビルの請負契約は、当初原被告間で、坪当り単価金六万九千八百円で、四階建延坪二、二五〇坪のビルデイング建設請負として仮契約をしたものである。その後富士銀行及び北陸銀行より受ける融資の総額が金六千四百万円ということになつたので、被告は昭和二八年一二月一〇日に地上三階地下一階延建坪六五六坪〇五六のビルデイングを建設する請負契約を原告と締結したものである。被告は右融資金の外に金二千万円程都合できると原告に言つたことはない。右請負契約に於て、ビルデイングの外観仕上げは大体富山郵政局程度とする約定であつたことは、右契約の契約書である甲第三号証に記載の通りである。
(2) 工事着手後間もなく、建設用地の裏側に接着する日の丸旅館のため建坪を五一坪二二八滅ずることとなつたということはない。又被告が広田豊次(監理技師となつたことはない)を通じて原告に対し、建坪が減じた分の請負金額に相当する程度に仕上げを上げるよう要求したことはない。被告は、原告と甲第三号証の請負契約を締結したけれども、原告に於てその内訳明細を被告に示さなかつたので、原告に対し再三内訳明細を請求したところ、昭和二九年一月一二日に至り漸く工事費内訳明細書(甲第四号証)を被告に交付したのである。従つて、右工事費内訳明細書は、建坪六五六坪〇五六の建築工事に関するものであつて、原告の言うように建坪六〇四坪八二八の建築工事に関するものでない。
(3) 昭和二九年春には富山市で博覧会が開催されていたので、被告は一日も早く須田ビルの竣工引渡を受けたかつたのである。ところが、原告に於て、被告に対し強く本件手形の振出を求め、若し被告がこれに応じないときは博覧会開催中に須田ビルの引渡を得られず、その結果被告は莫大な利益を失う虞があつたので、やむなく被告は竣工ビルデイングの坪数の確認も為し得ぬままに原告に宛本件約束手形を振出し交付したのである。
と述べ
三、参加人の請求に対し
(1) 本案前の答弁として
(イ) 参加人の参加申立は、参加申立書に於ては、本件参加訴訟は本訴原告を補助する傍々被告に対し本件手形の支払を請求する旨記載しており、この申立書は昭和三二年九月九日の口頭弁論に於て陳述されている。右趣旨は原告のための補助参加と被告に対する当事者参加とを同時に申立ていること明白である。しかしながら、当事者参加と補助参加とは民事訴訟法上それぞれ別個のものであつて、一の申立に於て原告のために、補助参加をなし、同時に被告に対して当事者参加の申立てをすることは許されないものである。即ち当事者参加訴訟に於ては、参加人は本訴原告の権利を自己の権利であるとして原告の権利関係を否定排撃するものである。しかるに、補助参加人として原告を補助することは、自らその権利を否定排撃する相手方である原告を補助することであつて、両者矛盾すること明らかである。従つて、参加人の本件参加申立はこの点に於て失当として却下を免れないものである。
(ロ) 仮に、そうでないとしても、国税徴収法第二十二条第二項に基き国が滞納者の債権につき滞納者に代位をした場合、滞納者(債権者)と債務者との訴訟に参加できるのは権利関係の承継人としてである。この承継参加の場合本訴原告が参加人の権利関係を異議なく承諾して争わない場合は格別として、本件のように本訴原告が従来の訴訟から脱退もせず、引続き攻撃防禦を尽し、参加人の請求を争つている場合に於ては、本訴の原被告双方を相手方とすることを要するものである。参加人は、参加申出書に於て独り本訴被告のみを相手方とし、本訴原告を相手方としていないから、参加人の本件参加は不適法として却下を免れないものである。もつとも、参加人は昭和三二年一〇月一七日の口頭弁論期日に於て、新に本訴原告に対する請求の趣旨を陳述しているが、当初原告を補助するために参加しながら、後に至つて補助する原告を相手方として申立を変更することは許されないものである。仮に、参加申立の当初の趣旨は原告は対する補加参加でないとみなしても、参加申立をしたときは本訴原告を相手方としないで弁論手続をしながら、後に至り本訴原告を相手方として追加することも亦許されないものと信ずる、と述べ
(2) 本案につき参加人の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として
(イ) 参加人の主張事実中、昭和三二年六月七日参加人が本件約束手形を差押え、同年七月二二日被告に対し右約束手形を呈示したこと及び被告がその支払を拒絶したことは認めるが、原告の税金滞納の事実は知らない。
(ロ) 仮に、参加人主張の通り原告に於て税金を滞納しているものとしても、参加人主張の原告の滞納税額は合計金二百八十三万二千七十八円であるから、これを超えて被告に対し金三百万円の支払を求めるのはそれ自体不適法である。
(ハ) 仮に、右理由がないとしても、被告は、原告の請求に対する抗弁として述べた通り、本件約束手形に基き原告に対し何の債務も負担していないものであるから、原告に代位して本件約束手形に基き被告に対し手形金の支払を求める参加人の請求も理由のないこと明らかである。
と述べ
四、証拠<省略>
参加人指定代理人は
一、原告は被告に対し本件約束手形金債権を有するも、これが取立権なきことを確認する、被告は参加人に対し金三百万円及びこれに対する昭和二九年六月六日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は原、被告の負担とする旨の判決及び右金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め
(1) その参加の理由として、原告は被告に対し金三百万円の本件約束手形金債権を有するが、参加人の機関である大阪国税局長は、昭和二二年六月七日原告に対する滞納税金二百三十一万九千八百十一円徴収のため本件約束手形一通を差押え金沢国税局長これが引継を受け、同年七月二二日振出人である被告に対し右約束手形を呈示してこれが支払を求めたところ支払を拒絶された。よつて、参加人は、被告より直接金三百万円の約束手形金の支払を求めるため、民事訴訟法第七十一条により当事者参加を申出る次第である、と述べ
(2) その請求の原因として、参加人は、原告に対し昭和三二年七月一日現在滞納税額合計金二百八十三万二千七十八円を有するが、原告に於てこれが支払をしないので、これが徴収のため同年六月七日本件約束手形一通を差押え、同年七月二二日振出人である被告に対し右約束手形を呈示して手形金の支払を求めたところ支払を拒絶された。よつて、参加人は、国税徴収法第二十二条第二項により、原告に対して本件約束手形につき取立権なきことの確認を、被告に対して本件約束手形の手形金三百万円及びこれに対する昭和二九年六月六日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払を求めるものである、と述べ
二、被告の答弁に対し、
(1) 国税徴収法第二十二条第二項は、差押えた有価証券の券面額全部につき代位し得ることを規定している。一般債権の場合は同法第二十三条の一第二項により滞納処分費及び税金額を限度として代位するものであるが、有価証券については証券と債権とを分離できないので券面額全部について代位し、取立てた残額については同法第二十八条第一項に則つてこれを滞納者に交付するものである。従つて、参加人が被告に対し本件手形金三百万円及びこれに対する法定利息の支払を求めるのは正当である。
(2) 仮に、滞納処分費及び税金額に限るとしても、昭和三三年六月一〇日までの原告の滞納税金額は金三百十六万九千九十一円であるから、参加人の請求は正当である。
と述べ、
三、証拠<省略>
理由
一、先ず、参加人の参加申出の適否について判断する。
本件参加は、原告が被告に対し、被告より昭和二九年五月一日原告宛に振出し交付した金額三百万円、支払期日同年六月五日、支払場所富士銀行富山支店、振出地及び支払地とも富山市という約束手形一通(以下本件手形という)に基き、その手形金及びこれに対する支払期日以後の利息の支払を求めて約束手形金請求訴訟を当裁判所に提起し、当裁判所に於いて右訴訟を昭和二九年(ワ)第一四二号事件として審理中、参加人は、昭和三二年八月二九日付をもつて右事件の被告を相手方とし、被告に対して本件手形金及びこれに対する支払期日以後の利息の支払を求める旨の請求趣旨並びに参加人主張のような参加理由及び請求原因を記載した当事者参加申出書を提出し、同年九月六日の右事件の口頭弁諭に於て右書面に基いて参加理由、請求の趣旨及び請求原因を陳述したところ、右事件の原告に於て参加人の請求原因事実を認めながら被告に対する自己の請求を維持追行する旨明らかにしたので、同年一二月一二日付をもつて、原告が本件手形金債権を有するがこれが取立権のないことを確認する旨の請求趣旨及び原告に対する請求を追加する旨記載した第一準備書面を提出し、同日の口頭弁論に於て右準備書面に記載した通りの陳述をして、参加申出の手続がなされているのである。右によれば、参加人の参加申出は、原告が被告に対し請求する本件手形の手形金の取立権は原告になく、参加人これを有することを理由として、民事訴訟法第七十一条に基きなすものであること明らかである。尤も、前記昭和三二年八月二九日付の当事者参加申出書には、「原告を補助旁々被告より直接金三百万円の本件手形金の支払を求めるため当事者参加する」旨の記載があることを認められ、右記載のみによる時は参加人は如何なる形態により前記訴訟事件に参加せんとするのか疑を生じないでもないが、右申出書の請求原因の項中に、「民事訴訟法第七十一条によつて本件参加に及ぶ」旨明らかに記載されていることが認められること及び右申出書に記載された請求趣旨、参加理由及び請求原因より考えるときは、右申出書の前記原告を補助旁々との記載は、参加人に於て民事訴訟法第七十一条の参加(以下便宜当事者参加という)訴訟は、参加人と参加前の訴訟の当事者の一方との間に補助参加の関係を生ずる構造を有するとの考方(当事者参加訴訟の構造については学説も多岐に分れて、未だ帰一するところがない)に基いたものであることが窺われ、当事者参加の外に原告の補助参加を申出でる意味で記載されたものでないと解するのが相当である。
しかうして、当事者参加は、参加前の原被告双方が参加人の主張、請求を争う場合には、右原被告双方を相手方として参加申出をなすべきものであり、その一方を相手方としてなした参加申出は不適法の譏を免れないものである。しかし、かかる場合、右不適法な参加申出であつても、それが民事訴訟法第七十一条に定める要件を具備している時は、参加人は、その申出後第一審の口頭弁論終結前に於て、先に相手方としなかつた原告又は被告に対する参加申出を追加することにより、右不適法な参加申出を適法なものとすることが許されると解するのが相当である。蓋し、右不適法を理由として参加を許さないとしても、原被告及び参加人間に紛争が存在する限り、参加人は右紛争の解決を求めて更めて原被告双方を相手方として参加の申出をするに至ることは明らかで、そしてこれが許されることは当然であるから、前記のように解しても原被告にとつてはそれ程不利益がある訳ではなく、他面右のように解することは、訴訟経済の要求に合致し、且つ当事者間の紛争の根本的解決を図ることになるからである。
本件参加について見るのに、前記のように、参加人は当初当裁判所昭和二十九年(ワ)第一四二号事件の被告のみを相手方とした昭和三二年八月二九日付当事者参加申出書に基き、同年九月六日の口頭弁論に於て参加の申出をしたが、右申出に対し、右事件の原告に於て被告に対する自己の請求を依然維持追行する旨明らかにして参加人の請求を争つたので、右参加申出は不適法となつたが、右参加申出人は、原告が被告に対し請求する本件約束手形金の取立権が原告に属せずして参加人に帰属していることを主張して当事者参加の申出をしたもので、民事訴訟法第七十一条に定める要件を具備しており、且つ参加人は同年一二月一二日付第一準備書面に基き、同日の口頭弁論に於て原告に対する参加申出を追加したから、前記説示するところにより、参加人の本件参加申出は、右同年一二月一二日の参加申出の追加あつた時適法な当事者参加の申出があつたものとなすべきである。
二、次に、被告が原告宛に本件手形を振出し交付したこと及び昭和三二年六月七日大阪国税局長が原告に対する国税の滞納処分として本件手形を差押え、金沢国税局長これが引継を受け現に差押継続中であることは、原告、被告及び参加人間で争のないところである。右によると、国税徴収法第二十二条第二項の規定により、爾後参加人が本件手形金債権の取立権を取得し、原告に代つて債権者の立場に立ちその権利を行使し得るに至つたものであると共に、原告は本件手形金請求訴訟の実施権を失い、いわゆる当事者適格を欠くに至つたものというべく、従つて、原告の被告に対する訴は不適法に帰し却下を免れないものである。
三、そこで、参加人の請求について判断する。
本件手形は、昭和二八年一二月一〇日原被告間に成立した須田ビル建設工事請負契約に基く工事請負代金の一部の支払いのために振出されたものであること、同日成立した右契約に於ては、原告が被告の注文により富山市新富町八〇八番地上に建設する須田ビルは、建坪の総数六五六坪〇五六であり、その請負代金は総額金六千五百六十万五千六百円と約定されていたこと、昭和二九年六月三日竣工した須田ビルとして原告より被告に引渡された建物の総建坪は六〇四坪八二八であつたことは原被告間に争がなく、参加人は右事実を明らかに争わず且つ弁論の全趣旨から争つていると認められないから、これを自白したものと看做す。
被告は、右のように原告より引渡を受けた須田ビルは、約定の坪数より五一坪二二八減じていたから、これに対する請負代金に相当する五百十二万二千八百円(一坪当金十万円の割合)は支払う義務なく、従つて、被告より原告に支払われた請負代金六千二百六十万五千六百円の内金二百十二万二千八百円は被告の錯誤により過払したもので原告より返還を受くべきものであり、本件手形金三百万円は支払の義務ないものであると抗争するので按ずるに、証人武蔵一雄の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二ないし第七号証、証人広田豊二の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証、証人武蔵一雄、同衛藤力(以上いずれも後記措信しない部分を除く)、同広田豊二、同志甫周平、同藤井諭吉及び同須田七造の各証言を綜合すると、被告は昭和二八年初、翌二九年春富山市に開催される博覧会までに竣工させる考えで、富山駅前の富山市新富町八〇八番に在る自己所有地にビルデイングを建設すべく計画し、建設資金の調達に協力するという申出があつた関係から原告に右建設を請負わせることに定め、昭和二八年五月二一日原告の富山出張所長をしていた岡稔と、坪単価金七万九千円で四階建建坪一一九〇坪のビルデイング(須田ビル)を建設することを原告に請負わせる旨の概算契約をしたこと、右契約に基き原告は直ちに工事に着手したが被告の方で建設資金の調達に困難したので、同年一〇月頃右工事の施行を一時中止したこと、被告は右中止までに既に約金八百万円位を右建設工事に投じていたので、工事の続行を図るべく資金の調達に努力した結果、北陸銀行及び富士銀行より金六千四百万円の融資を受けることができるようになつたので、同年一二月一〇日更めて原告と、「被告より原告に請負わせる須田ビルは地下一階、地上三階の総建坪六五六坪〇五六とするとと、請負代金の額は坪単価金十万円の割で総額六千五百六十万五千六百円とし、仕上げは基本契約当時の仕上げによるも大体富山郵政局程度の外観仕上げとすること、完成の日は昭和二九年四月二〇日とすること、建坪に増減のあつた時は坪単価金十万円の割で計算すること」等の内容の須田ビル建設工事請負契約を結び、原告に於ては右契約に基き工事施行を続行したこと、右契約の坪単価金については、契約当時原告の方では資材の値上り等を理由に坪単価金十一万円を要求し、被告に於ては前記概算契約の坪単価が金七万九千円であつたことを理由にこれに難色を示し、両者種々交渉の末結局坪単価金十万円にすることに約定されたものであること、工事再開後建設敷地の近くに在つた日の丸旅館の通路の関係(契約当時右通路は隧道にする考でいたところ、日の丸旅館でこれを承諾せず、通路の分だけ建設敷地を明けなければならなくなつた)から、須田ビルの建坪に約五四坪余減少を来すことになつたが、他面三階及び地下室に多少の増築があつたりして正確な建坪の減少は竣工するまで明らかにできない事情にあつたので、右五四坪余の建坪減少については原被告間で特段の話合をせずそのまま工事を進行したことへ昭和二九年四月二九日須田ビルの工事竣工したとして竣工式が挙行されたので、被告の方で直ちに建物の引渡を原告に求めたところ、原告の方では工事代金六千五百六十万五千六百円としての当時の未払残金千百万円の支払がなければ引渡に応じられないとこれを拒絶したこと、被告の方では、当時既に須田ビル入居希望者十数名より合計金千六百万円の敷金を受領しており、博覧会開催も迫つて右入居希望者よりの入居要求に応じなければならない事情にあり且つ融資を受けた銀行より早急に竣工した須田ビルを融資金の担保に提供するよう要求されていた事情にあつたので、とに角原告の要求に応じて須田ビルの引渡を受けることとし、同年五年一日竣工した須田ビルの総建坪を確認することなしに、原告の要求するままに前記未払残金千百万円に対する支払としで、同日金六百万円、同月四日金二百万円を現金で支払うこと及び金額三百万円、支払期日同年六月五日とする約束手形一通を右五月一日に交付する旨を原告に約し、右約定に基き原告に対し、金八百万円の現金を支払い、本件手形を振出し交付した上、同年六月三日原告より竣工した須田ビルの引渡を受けたこと右引渡の際原告より竣工した須田ビルの完成図面の交付があり、これにより被告は初めて同ビルの総建坪が六〇四坪八二八しかなく、当初契約の総建坪六五六坪〇五六より五一坪二二八減少していることを知つたこと、そこで、被告は、約定により右減少した分につき坪単価金十万円の割で計算した金五百十二万二千八百円を、契約当初の請負代金六千五百六十万五千六百円より差引いた六千四十八万二千八百円が引渡を受けた須田ビルの請負代金であるから、本件手形につき支払をなす義務なく、且つ既に原告に対し請負代金として支払つた金員の内金二百十二万二千八百円は過払であるから返還を受くべきものであるとし、同年六月四日付告知書をもつて原告に対し右の旨を告知し、翌五日の本件手形の支払期日にその支払場所に於て原告より支払を求めるため呈示された本件手形の支払を拒絶し、以後本件手形につき手形金の支払をしていないものであることを認めることができる。証人武蔵一雄、同衛藤力の各証言の内右認定に反する部分は信用せず、他に右認定を左右するに足る証拠がない。
右認定した事実によると、原告は被告との須田ビル建設工事請負契約に基き、被告より支払を受くべき請負代金は既に完済されているのであるから、右請負代金の支払のため被告より振出し交付を受けた本件手形に基き被告に対しその手形金の請求をなし得ないこと明白で、従つて、原告を代位した参加人に於ては被告に対し本件手形の手形金の請求をなし得ないものであること疑がない。
そうとすれば、他の争点について判断するまでもく、参加人の被告に対する本件請求は理由がないものとして棄却を免れないものであり、又参加人の原告に対する本件請求は、原告が被告に対し本件手形債券を有することを前提とするものであるから、これが前記のように認められない以上これを認容するに由なく、棄却を免れないものである。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 布谷憲治)